ブロックチェーン・暗号資産(仮想通貨)業界に興味がある方のために、業界で必要な知識をどうやって身につけていくかを探る特集記事。今回は合同会社DMM.comの河西氏にインタビューしました。
河西 紀明(かわにし のりあき)氏
合同会社DMM.comブロックチェーン研究室所属のUI/UXデザイナー、デザインストラテジスト。地域情報出版社のサービスデザインからキャリアをスタートし、フリーランスのWeb開発者、コンサルタントを経て現職。デジタルコンテンツ事業のグロースや開発チームの組成などに携わる。ビジネス設計からテックもこなすユーティリティなデザイナーとして、DAppsやVRなど先進技術領域の開発支援やデザインワークのチーム共業を推進。
目次
地方誌のデザイナーからブロックチェーンへ
ー まずは簡単に自己紹介をお願いします。
現在はDMMのテクノロジー本部 CTO室という部署に所属しています。この部門は会社の中ではエンジニアリングの横断組織になっていて、DMM.comで展開される多様な事業に対しての技術的支援や、各チームのメンバー育成・自走化のサポートなどをおこなっています。
ー 過去はどのような経歴でしょうか?
僕は石川県出身で、2017年ぐらいまでは金沢の出版社で家づくり、ブライダルのような生活情報誌のWEBプラットフォームの運用に携わるエンジニア兼サービスデザイナーをやっていました。
当時はエンドユーザーや顧客と近い距離でサービスを作ることをかなり楽しんでいて、営業なんかも経験しました。 少し大げさですが「情報設計/体験設計」を通して地域経済を動かすような感覚は自分の成長にとって良い経験となりました。 それに一人のデザイナーとして自ら望めば企画からリリースまでサービスの全ての工程に関われることは中小企業ならではの強みでしたね。
いろいろ失敗や小さい成功を多少となりに重ねはじめた段階で、自分の経験や専門性を活かしながらもう少しスケールの大きいことができないか?と考え始めた頃、外部の活動で知り合い交流のあったDMMのUXデザイナーから声をかけてもらい、「なんでもありで、なんでもできそう」なDMM.comに転職しました。DMMって実は石川県発祥の会社なんですよ、これもご縁ですかね。
ー ブロックチェーンにはどのように参画したのですか?
DMMが暗号通貨事業に参入する際にクリプトマイニング事業/スマートコントラクト事業(*)という部署の立ち上げに関わり、そこで本格的にブロックチェーンの世界に触れることになりました。
最初に関わったプロダクトは仮想通貨ウォレットを複数管理するためのB向けのサービスでした。 他にもいろいろ並行してプロジェクトは進んでいましたが、そのころ業界の信用を揺るがすようなカジュアルな事件がいくつか重なったじゃないですか?(笑)
ある意味、世の中の暗号通貨に対しての一般的な認識が投機対象から技術そのものとして明確に線を引きはじめた段階です。DMMのブロックチェーン研究室は、早い段階からこの技術が与える社会的な影響を考え、これからのサービスの本質的な体験設計のあり方に真剣に向きあっていました。
ー もともとブロックチェーンについてもウォッチしていたのですか?
はい、 先ほど「誌面媒体の情報設計を通しての地域経済」みたいな話をしていましたが、社会課題を解決したり先進的な技術やデザインを通して生活を豊かにするみたいなテーマが好きなんですよ。
この時点ではDMMのR&Dという仕事として関わると思っていませんでした。ブロックチェーン技術に興味をもった背景にも、インターネットやVRみたいに技術によって拡張された体験が人間どうしの営みやコミュニケーションをどのように変えていくのか考えるとワクワクしますね。
*2018年12月に事業クローズ。その後ブロックチェーン研究室(R&D)として継続
ブロックチェーン技術によって拡張される新しいユーザー体験の可能性
ー そういった経緯だと、今のお仕事はかなり満足度が高いですよね?
はい、かなり高いですね。僕自身はデザイナーと名乗っていますがエンジニアリングやビジネス設計・戦略にも関わります。
このようなタイプの動き方は自分でも器用貧乏タイプだと思う時がありますが、明確な軸としては情報アーキテクトやユーザー体験設計(UX)の知見を活かしてビジネスやチームのリード・ファシリテートをしていくことが自分のプレゼンスだと感じています。
僕の命題としては「デザインの力」で未来の新しい体験価値を生み出し続けることです。そして切り開いた未踏分野で得た体系知(成功・失敗)を次の時代の創り手に紡いだり、新たにこの分野に参入するデザイナーやエンジニアにつないでいくことです。
こんなことを自由にやらせてもらったりチームの育成に活かしてもらえる組織に属せているのはかなりありがたいですね。
ーいまのチームについて教えてください。
現在、ブロックチェーン研究室ではアプリケーションやサービスよりも、ブロックチェーン技術を活用したサービスの参入敷居を高くしている鍵管理などのUX課題の解消に注力しています。世情や技術も一般的なWebサービス以上に目まぐるしく変化していくため、本質的な部分の実証実験に注力する感じです。
2018年にはQUESTというC向けのDAppsを作りHi-conという国内最大級のイーサリアムのカンファレンスで実証実験をおこないました。
実証実験を通して見つかった課題を分析し、DMMで展開している40以上の事業・サービス付加価値として転用可能か?という観点でR&Dは継続されています。
ブロックチェーン研究室をはじめとしたR&D部門は、これからの時代でどのように新しい体験価値を作っていくか?といった「問い」を、自社のあらゆるサービスにも展開していくという立場でチームの存在価値は高いです。
ー マネタイズは目指しているのでしょうか?
ブロックチェーン技術やサービス単体ではマネタイズが難しいことはチーム内でも話しています。オンボードするユーザーの母数が明らかに少ないことや、流動する経済規模が小さいことも挙げられますが圧倒的にUXが悪いことも原因です。
そもそも暗号通貨を一般ユーザーが手に入れるまでのプロセスも利用する手順も煩雑で難解です。
世の中でブロックチェーン技術で「何かやろう」という前提でやっているプロダクトはたくさんあります。しかし、ブロックチェーンを使っていることが必ずしも重要なのではなく、ブロックチェーンの「技術」によって、こういう世界観を実現可能になったのだとフラグをたてるのが大事だと考えています。
例えば、プライバシーの管理や技術的な信用の蓄積、取引の透明化、技術によってこれだけのことでも既存のサービスやユーザー体験の中でもカイゼン点が導きやすくなります。
そのような観点で、あらゆる「商い」のUI/UXデザインを再検討しはじめられるのが弊社の今のフェーズだと思います。
ユーザーのリテラシーはサービス提供側の予想に反して劇的に変化しています。「最適なUI/UXデザイン」という定義も世の中の大多数を占めるユーザーの成長や意識改変によって流動するものであって正解がなく、実査あるのみなんです。
対話こそ学び
ー 河西さんの一番の得意分野はユーザーの体験設計になるのでしょうか?
少しニュアンスは異なりますが、そのつもりです。
UCD(User Centered Design=ユーザー中心設計)やインフォメーションアーキテクト(情報設計)といった資格も存在しますが、デザインの領域に限らず、多くの分野において課題の解決を思考するプロセスと実査を元にしたインサイトが大切だと考えます。
国内外問わず「UX悪い」という単純なキーワードが流行っていますが、これはアプリケーション上のタッチポイントやインタラクションの話をしているのか、暗号通貨の入手プロセスなど狭義のサービスへオンボードの話をしているのか不明瞭です。
そのあたりにUXデザイナーのスキルを発揮する点ではありますが、閉じられた分野の学習だけではあまり意味がないんですよね。DAppsのUX設計においてはペイメントサービスなど既存サービスに比べたときのガスコスト(手数料)誰が持つのか?といったサービスだけ閉じないユーザー体験の「より良い」に対する問いや議論があります。
いきなりブロックチェーンでUI/UXのデザインを考え始めようって人は当時も今もまだまだ少ないので、かなり歯をくいしばりながらナレッジを降ろしていくことに注力しています。
ー いまアウトプットできていることはどのように学んできましたか?
僕が尊敬しているUXディレクターの一人がよく「対話こそ学び」という話をしているんですよ。僕も同意で、近年はさらに情報が溢れて機械学習やツールができることの幅がグッと増えてきましたが人との対話を介した学びは不変であると思っています。
僕が地方でデザイナーやっていたときはTwitterやブログくらいでしか知識を吸収できず、記事や文献をたくさんブックマークしていくとすぐに情報過多になってしまいました。いかに個人の効率的な学習習慣を確立してそれを遂行できたとしても、それは自己満足であって独りで学べることの範囲は想像以上に少なくて狭いんです。
今じゃカンファレンスに現場で参加しなくてもライブストリーミング視聴することもできるし、noteやSlide Shareのようなサービスで二次的に拡散したアウトプットをいくらでも得ることはできます。でも、実際の場感を共有した人間相手の対話は理解度に大きく影響するでしょう。
重要視される情報整理力
ー いまスキルがまだ追いついていない人がこれからどうすればいいでしょうか?
全てにおいてまったくスキルが無い人はいないですよね? 自分の強みを自覚していない人は多くいますが、スキルや強みというのは開発とかの技術的なものだけではなく”コミュニケーション力”とか”巻き込み力”みたい定性的な評価をうける能力もあります、それを伸ばしていくことも十分選択肢としては良いと思っています。大切なのはそれらをどのように言語化・視える化して、どのように周囲に伝え、伝わっているかを検証するかですね。
例えば「これからエンジニアになりたい」というのにPCも持っていないレベルはさすがに厳しいのですが、自分がどういうことを実現したいか考えて、何を得ればいいのかをプロセスを組み立てて思考していくことは良い経験になると思います。
釈迦説ですが、目的とする漠然とした定点を決めて「誰に聞きにいくか?」とか、「どうやって調べ信頼できるソースにたどり着くか?」みたいな基礎的なことからはじめてもいいです。自分のスタイルが定まらないのであれば、参考になる目標にめがけて一個ずつ潰していく、月並みですが「思考と行動を放棄せずに続けること」です。
ー 自分を変えるチャンスはどのようなところにあると思いますか?
達観的な物言いですみませんが、人間は精神的か肉体的に死にかける体験でもしない限りは性格や本質はそうそう変わらないと思ってます。一方でそのようなパワープレイは今どき流行らないし問題も多いので、コンスタントに視点を変えて環境に適応することでポジティブな変化を持続して自分に与え続ける事はできるのではないかと考えています。
何かと雇用と就労に関しては不自由の多いご時世ですが、自分に選択権がない環境であっても視点や視野角を変えることは、自ら選択できることの一つです。目の前の見えているものを疑い角度を変えて視える発見こそが自らを変えるきっかけにもなるんだと思います。
転職も複業も一つの手段としては有効だと思います。僕自身も前職では「あと2年、あと2年」と思いながら続けていたけれど、結局6年も消費しました。
自分が変わらないと他人が変わらない、環境も変えられないという事実があるんだと思います。弱肉強食ではなく、適者生存といいますかね。
ー 仕事と学習以外に、娯楽の影響は大きいですか?
むしろ僕は仕事≒娯楽ですね(笑)。好きではじめた仕事ならナリワイとしてそんなものかと思ってます。
2016年に僕の祖父の家が空き家になったのを機会に複業でゲストハウスも始めてみました。ちょっと早めの創造的な隠居暮らしをイメージしていたのですが、翌日から海外の訪日客の10名の予約が入って慌てて家具屋に走るなど(笑)。
近い同僚や友人には「石川県の田舎でゲストハウスをやっていても人が来るわけない」「飛行機に乗って旅行に来たら導線が悪いからすぐ潰れる」など揶揄されましたが、実際には、日本で留学していた学生が海外で就職した後に日本に家族や友達と大人数で遊びに来て、部屋貸しではなく、日本文化を楽しめる体験型の大きな箱(一軒家)を求めてシェアカーで日本周遊するといった導線が発見できたんです。
運営していく中でゲストが僕のゲストハウスの存在を知って、訪れてくれて「ありがとう、また会おう」と言って帰っていくまでのプロセスを描いてカイゼンしてみていったりすると、だんだんサービスの評価が高まって収益も増えていったんですよ。
娯楽を通じて、UXデザインっぽい考えが身に付くこともあります。常識や先入観より実践し続けることは強いです。
まずは自分の軸を作る
ー 今まで仕事で困ったことは?
スタートアップは成長段階に応じて卒業するメンバーや、内・外的要因で縮小する事業もあります。離れていくメンバーがいたのは辛かったですね。些細なきっかけで個人どうしで担保された信用や信頼が破壊されることもあります。
ビジネスは仲良しグループではなく共同体なのだと再認識しますね、チームビルディングの成功法則よりも上手な組織の壊し方も今後は一層、必要ですね。
今のご時世ブロックチェーン・デザイナーとかブロックチェーン・エンジニアというジョブは希少性が高いし、肩書きだけの期待値で年収が増減することも少なくありません。
ただ、単純に成果を挙げずチームやプロジェクトが解体してしまうと、その希少性を活かせない領域で転職しても給料レンジが合わずにキャリアがピボットさせにくいということがあります。個人ができることと雇用側の期待値がバランスがとれていなければ、身動きとれなくなってしまいます。
そういうときに、過去に動くメンバーに対して僕がサポートできたらよかったな、もっとできることはあったんじゃないかな思うことはあります。
ー 河西さんの給料は順調ですよね?
ぼちぼちですね(笑)少なくとも専門性を身につけていくことによって着実に報酬は増えています。何も行動が起こせずに活動エリアや職務領域を限定していたときよりは少なくとも倍以上になっているし、今の会社に入ってからもスキルアップや実績に応じて給与も上がっていることは事実です。
また、事実に基づいたアウトプットを組織内に留めず、他領域や業界全体に貢献できるような取り組みを発信できると、一個人の能力や成果は相対的に評価されやすのではないかと考えています。
ー ブロックチェーンにこれから取り組む人はどうしたらいいでしょうか?
僕の周りでも、今からブロックチェーンを利用したサービスに関わりたいと言う人は多くいます。同じようにデザイナーやエンジニアとしてキャリアアップしたいという方もいます。
業界全体がサバイバルな状況になっているので、そういう状況下で「知っている」はそれだけ意味を持つことです。
ただ一つ断言できるとしたら「ブロックチェーンに関わっているというだけ」では技術を活かしきれませんね。今から必要なことは技術に対してアイデアを無理やりフィットさせることはなくて、アイデアや課題に対して技術がフィットさせなくてはいけません。
僕の関わっているUXデザインという分野も一人のデザイナーが考える粋を超えているのでチームや業界全体で考えて議論していけるといいですね。
答えは実戦の中にある
ー 影響を受けた本はなんですか?
クリストファー・アレグザンダーの『生命の現象』という本です。
たとえば街づくりや美しい空間を作ろうと思った時に、その「美しい」というのは誰にとっての「美しい」なのか?という疑問が出ますよね。その「美しい」という現象や事実に対して連続的なパターンを抽出し、言語化して、他の建築や都市設計にも使えるようにモジュールにしていく考えが書かれています。
この原書は建築の分野ですが、近年は設計的な観念に見立てて「組織パターン」や「コミュニケーションパターン」という分野で発展を遂げています。
一人ではイノベーションを起こせないから、どうやって周りの人を巻き込んで目的を達成していくかをパターン化していくことを考えた方の本も増えてます。良いプロダクトやサービスづくりに、「強いチームづくり」や「質の良いコミュニケーション」は切り離せないので大変参考にさせてもらっています。
ー 最後に、業界に関心を持つ読者にメッセージをください。
やっぱり総合格闘技と称されたり卓越性を求める世界なので、色んなマサカリが飛んでくると思います。そんな世界に飛び込んでいくことは少し勇気のいることかもしれませんが、行動と積み重ねは必ず未来の選択肢を増やします。
正解がないからこそ、自分の納得できる答えだけは実戦の中にあります。これから参入する方も、すでにどっぷりな方も、「より良い」をどんどん議論し展開していきましょう。
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